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霊峰富士が織りなす文化と神秘にふれる

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古来から現在にいたるまで、多くの人々を魅力し続けている霊峰富士。世界文化遺産としても注目されている富士山は唯一無二の存在であり、長い歴史の中で独自の文化をつくりあげてきました。

古くから噴火を繰り返した富士山は、霊山として多くの人々に畏敬され、平安時代から中世にかけては修験の道場として繁栄してきました。江戸時代になると参詣登山が盛んとなり、たくさんの江戸庶民が講を組んで富士山を目指しました。

富士山信仰は江戸時代初期、富士山麓の人穴で修行を積んだ行者・角行(かくぎょう)が教義としてまとめあげたのが始まりといわれています。角行は山中で修行を重ねて崇敬を集め、その後、村上光清と食行身禄(じきぎょうみろく)といった弟子たちによって富士山信仰が一般に広められていき、富士講として江戸時代後半に隆盛を極めました。今もなお古の教えを継承し、夏期には登拝行事が行われています。

富士登拝に先立ち、8つの湖沼群において水行を行ったとされ、それぞれ「富士外八湖」、「内八湖」、「富士山根元八湖」として記録に残っています。水行を終えると白装束に金剛杖と鈴を持ち、「六根清浄」と唱えながら山頂を目指しました。

富士山は登ることによって健康や幸福、繁栄などのご利益を得ることができ、頂上に登った回数が多ければ多いほどその修行の成果は形として現れるといわれ、夏の開山期になると富士講信者たちは、富士登山のために富士河口湖や富士吉田へやってきます。この富士講信者たちの世話や指導をしたのが「御師(おし)」と呼ばれる人たちです。御師が営む宿は「御師の家」と呼ばれ、一般の民家や商家とは大きく異なる構えをしていました。宿泊、まかないの空間のほかに、富士の神々や富士講の行者が大切に祀られていました。

国の重要文化財で世界遺産富士山の構成資産である旧外川家住宅は、代々富士山の御師を務めてきた御師の家の中で古く 、当時の姿のまま残されて一般公開されています。そこはまるで富士講が栄えた江戸時代にタイムスリップしたようで、特別な時が流れています。

旧外川家住宅

吉田の火祭り 70本余りの大松明

毎年7月1日には、北口本宮冨士浅間神社で開山祭が行われます。富士山の御神霊である浅間大神に対し開山をご奉告し、登山者の無事を祈ります。また8月26日、27日に行われる「吉田の火祭り」は、北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社の秋祭りで、富士山の山閉いの祭りです。日本三奇祭として知られていて、毎年26日の「鎮火祭」と翌27日の「すすき祭り」の2日間行われます。

26日は上吉田地区の金鳥居から北口本宮冨士浅間神社にかけた約1kmの本町通りの沿道で、高さ約3メートルの大松明70本余りに次々と火がともされます。また27日は前日に浅間神社から御旅所に入った神輿を浅間神社へ還幸する祭礼が行われ、火祭りとともに富士山は短い夏を終えます。

こうして独自の文化をつくりあげてきた世界文化遺産・富士山についてもっと広く知ってもらう情報発信拠点として、2016年6月には「富士山世界遺産センター」が富士河口湖町にオープンしました。また富士吉田市の「ふじさんミュージアム」もリニューアルし、富士信仰についてさらに楽しく詳しく学べる施設に生まれ変わっています。

富士山世界遺産センター

富士山ミュージアム

ふじさんミュージアム

今も昔も変わることなく人々から崇拝され、愛されている富士山。山梨はそんな富士山を見て、感じて、学んで、楽しめるところがいっぱいです。ぜひ山梨で富士山を堪能してみてください。

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