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更新日:2025年11月14日
山梨県南東部に位置する道志村。
清流と深い山々に囲まれたこの村で、いま新しい“食の循環”が始まっています。
取り組むのは、太田ハッピープランニング代表・太田久士さん。
鳥獣被害の象徴だったシカやイノシシを、「山の恵み」として生かす仕組みをつくり、地域の新しい価値を生み出しています。
太田さんは、これまで「山と街を食でつなぐことで互いに補完しながら持続的にハッピーになる」をコンセプトに道志村で田植え体験や狩猟体験を通して里山の豊かな食を伝え、食文化を未来につなげるプロジェクトを行ってきました。
現在の道志村では、シカやイノシシによる農作物への被害が深刻です。ジビエ被害が長引けば、離農者が増え、村の特産品が道の駅や商店に並ぶことが無くなってしまいます。
この危機にジビエを「山の恵み」と捉え、活かすプロジェクトが始まっています。
「資源を活かし続ける」——太田さんの原点
太田さんはこう語ります。
「道志村は資源の宝庫。山も川も畑も鹿も、すべて資源。僕らが取り組むのは、その資源を活かすこと。そして活かし続けること。」
この言葉どおり、太田さんの活動は“新しいことを生み出す”のではなく、すでにある自然と人の営みを再び息づかせることに重きを置いています。
「村の資源を活かし続け、本来あった豊かな人の営みを蘇らせること。」
その信念が、現在のジビエプロジェクトの根底にあります。
村内完結を目指す「動く解体室」
約20フィート(6〜7メートル)のコンテナ型ユニットは、保健所基準を満たした衛生設計で、「解体→加工→商品化」までを村内で完結できる構想です。

「常設の施設よりも小回りが利き、現場で“見せられる”加工ができるのが強みです」と太田さんは話します。
これまで道志村では、捕獲したシカやイノシシを一次処理した後、横浜市の解体施設まで運んでいました。その距離はおよそ100キロメートル。移動式ユニットが稼働すれば、新鮮な状態での処理と地域雇用の創出が期待されます。
「害獣の肉」ではなく、「山の恵み」として

太田さんがこだわるのは、“見せ方”です。
「ジビエを“鳥獣被害の副産物”ではなく、“自然の恵み”として届けたい」と語ります。
その考えのもと、鹿肉のボロネーゼやシチュー、鹿バーガー、キャンプ向けの塊肉など、多様な商品を開発。価格帯は1,200円前後で、手に取りやすいながらも味とデザインには一切の妥協がありません。
販売の主軸は「道の駅どうし」で占めますが、横浜有名ホテルやレストランなど、都市部の飲食店でも採用が進んでいます。
「横浜の水源地=道志村」というストーリーを活かし、“都市と山村の食の循環”を実現しています。
経済と人がめぐる、「道志村ハッピープロジェクト」

活動の広がりは、経済効果にとどまりません。
ジビエ商品の売上は前年を上回り、地元では新しい雇用の芽も生まれ始めています。また、狩猟体験や調理体験を組み合わせた「ふるさと納税体験プログラム」も進行中です。
昨冬には、空気銃を持って山に入り、狩猟から解体までを学ぶワークショップを開催。この体験をきっかけに、2025年には実際に移住して猟師を目指す若者も現れました。
「狩猟や解体を“見せる”ことで、食の背景を学ぶきっかけにしたい。」と太田さんは話します。
信頼でつながる村の力

活動を進めるうえで、最も大きな壁は住民との信頼関係の構築でした。
「外から来た人間が“よそ者”として見られるのは当たり前。
距離感を大切にしながら、少しずつ理解を得ていきました。」
太田さんはこうも語ります。
「道志村の人とビジョンを共有し、一緒に仕事を進められることが、どれだけ素晴らしいことか。」
道志村は、太田さんにとって単なる事業の舞台ではありません。
「道志村。自分が自分らしくいられる場所。自分は恵まれていると思います。」
その言葉どおり、地域の人々と歩むこのプロジェクトは、“村と人が共に育つ”取り組みへと進化しています。
食でつながる観光のかたち
道志村のジビエは、いま“観光の入口”にもなりつつあります。
道の駅のレストランやキッチンカーでは、鹿肉を使ったメニューが人気。
ふるさと納税も整い、訪れる人が“食”を通じて地域の暮らしを体感できるようになっています。
ジビエをきっかけに道志村を訪れ、山を歩き、川のせせらぎを聞きながら食を味わう。そんな体験が、これからの「道志村らしい旅」をつくっていきます。

太田氏の思い
「“食”は、人をつなぐ最強のコミュニケーションだと思っています。
道志村のジビエを通して“みんながハッピーになれる輪”を広げたいです。
シカやイノシシは、単なる“害獣”ではなく、山の豊かさの証。
その命を無駄にせず、おいしくいただくことが、山を守ることにつながります。
ぜひ一度、道志村に来て、この“山のごちそう”を味わってください。」
【取材・文】
公益社団法人やまなし観光推進機構 内藤
写真協力:太田ハッピープランニング