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更新日:2026年3月13日

杉浦醫院

「昭和町 風土伝承館 杉浦醫院」地方病の研究と治療に生涯をかけた医師 杉浦健造、三郎父子

甲府盆地を中心に県内にまん延した地方病(日本住血吸虫症)の研究と治療に生涯をかけた医師杉浦健造、三郎父子の業績を顕彰し、地方病終息に至る先人の足跡を伝承していくために、町は平成22年に杉浦家の土地・建物を購入し、杉浦家から全ての収蔵品の寄贈を受けました。平成24年8月13日に敷地内5つの建造物が国の登録有形文化財に登録されました。現在は、杉浦父子が、治療と研究を続けた医院棟と庭園に加え、裏の土蔵・納屋などを回遊するコースを公開しています。

今回は、取材を兼ねて出井(でい)館長を訪ねてお話を伺いました。

杉浦健造博士と三郎博士

杉浦医院8代目の健造博士(1866~1933年)は、地方病発症地の用水路に共通して宮入貝に似たカワニナが生息するという研究結果を発表し、「宮入貝」と「日本住血吸虫」発見の先駆者として著名です。

動物実験を繰り返し、宮入貝を中間宿主にしたセルカリアが皮膚から侵入する感染ルートを突き止めた9代目三郎博士(1895~1977年)は、米国の研究者も地方病の治療・予防の講習に訪れたという日本住血吸虫症(にほんじゅうけつきゅうちゅうしょう)の世界的権威です。

杉浦健造氏
杉浦健造博士

杉浦三郎氏
杉浦三郎博士

杉浦醫院をはじめ5つの建造物が国の登録有形文化財

山梨県中巨摩郡昭和町にある杉浦家住宅「登録名」は、約3300平方メートルの敷地内に5つの建造物が国の登録有形文化財に登録されています。

1. 杉浦醫院/登録名「杉浦家住宅旧医院」

大正から昭和にかけて建てられた入母屋造2階建と平屋建てからなる杉浦醫院が、明治中頃に建てられた母屋と並立しています。医院玄関の左右には、「Dr.Sugiura‘s Office Physician」と書かれた英字看板と当時のまま表札「杉浦醫院」が並んでいます。

外壁は赤味を帯びた漆喰塗で腰はモルタル刷毛引き仕上げとして縦長窓を連続させており、内部に調剤室などを配する医院建築です。

杉浦醫院02
杉浦醫院外観

杉浦醫院03
英字看板

入口
当時の面影を残す受付

診察室
地方病治療の最前線となった診察室

当時の薬瓶が残る薬剤室
当時の薬瓶が残る調剤室

スチブナール
日本住血吸虫症の特効薬として使用されていたスチブナール

2. 母屋/登録名「杉浦家住宅主屋」

昭和町の改修計画により現在工事中で見学することはできませんが、敷地中央に位置し、寄棟造浅瓦葺で、北・東面に屋敷蔵と旧医院への廊下や角屋を延ばし、南面に唐破風造(からはふづくり)の式台玄関を構える歴史的価値の高い建築物です。改修終了時期は未定ですが、完成後の見学を楽しみにお待ちください。

母屋
明治時代に建てられた趣深い母屋

3. 屋敷蔵/登録名「杉浦家住宅屋敷蔵」

母屋の北西側には、屋敷蔵(土蔵造2階建、切妻造浅瓦葺)があり、南面東側に母屋への廊下との出入口があります。

屋敷蔵
堅牢な造りの屋敷蔵

4. 土蔵/登録名「杉浦家住宅土蔵」

敷地北辺、納屋の東側には、東西棟で建ち並ぶ土蔵(土蔵造2階建、切妻造浅瓦葺)があり、旧地主らしい重厚な屋敷地を構成しています。

土蔵と納屋
土蔵(写真手前右)と納屋(写真左奥)

土蔵1階
土蔵の1階部分は、ギャラリーとして活用されている

杉浦醫院10
2階には、杉浦家で使われていた貴重な品々が並ぶ

5. 納屋/杉浦家住宅納屋

敷地の北西隅には、土蔵の西側に並ぶ納屋(切妻造浅瓦葺)がL字型にあり、内部を間仕切り、物置などに用いる米蔵風の造りになってます。

糸車
糸車をはじめ、当時の暮らしを支えた農具を展示

食器類
杉浦家での宴席を彩った、数多くの食器類

杉浦健造博士とホタル

昭和町内を流れる鎌田川は、かつては山梨県内有数のホタルの生息地で、源氏ホタルは国の天然記念物に指定されていました。健造博士は、医業の傍ら西条村と常永村(両方とも現昭和町)の組合村長に就任していて、昭和5年に鎌田川の源氏ホタルが国の天然記念物に指定されるのに組合村長としての尽力があったそうです。

また、杉浦家では、毎年蛍見会を開き、県内の名士を招待し、甲府市若松町の芸者を全員呼ぶようなたいへん賑やかな宴会だったそうです。

しかし、地方病(日本住血吸虫症)の予防対策などによって、野生のホタルは絶滅して、昭和51年に天然記念物の指定も解除になってしまいました。地方病の流行は終息しましたが、宅地化が進んだ現在の昭和町にホタルを復活させることはとても難しい状況かと思います。

しかし、館長に伺ったところ、現在杉浦醫院ではホタルが自生できる環境を整える取組みを行っており、昭和町源氏ホタル愛護会と生涯学習課で3月下旬に庭園内の池にホタルの幼虫を放流しているそうです。因みに昭和町内すべての小中学校の校章やマンホールの蓋などにホタルがデザインされています。将来的には、ホタルの住む昭和町への復活を願うばかりです。

ホタル放流式
ホタル放流式の様子

健造博士は、地方病の有病地にはホタルが多く自生していると、地方病の中間宿主が宮入貝であることが特定される以前から、ホタルと地方病の関係に着目していました。

明治42年にカワニナに似た貝の生息と地方病の因果関係の論文を吉岡順作医師と共同で発表しています。大正2年の宮入慶之助による宮入貝の発見でこの論文が証明されました。健造博士は、宮入貝を撲滅することで地方病を根絶しようと考えました。宮入貝を餌にするアヒルやホタルの幼虫などを飼育する施設を敷地内に作り、水田や池に放ち駆除を試みたそうです。そして、このような活動が後に官民一体となり感染予防や宮入貝の駆除へと発展します。館長にお聞きしたところ、茶碗と箸の手作業での駆除で7年間に宮入貝が米俵96俵にもなったそうです。昭和25年から水路のコンクリート化が始まり、延べ2000kmにもおよぶ水路がコンクリート化されたそうです。また、宮入貝の駆除とともにカワニナも駆除されてホタルも消えてしまったわけです。

宮入貝とカワニナの大きさの比較
宮入貝とカワニナの大きさの比較

診察室の貴重なピアノ

今回は、館長に診察室だったお部屋に案内されてお話を伺いましたが、この部屋に入ってまず目につくのは、グランドピアノです。

このピアノは、昭和8年に現上皇陛下(明仁)誕生をお祝いして制作されたYAMAHA製の限定100台のうちの1台で、多くは空襲で焼けて現存しているのは数台のとても貴重なお宝ピアノだそうです。譜面台には、菊の紋章と鳳凰が彫ってあり、鍵盤の表面は象牙を使っています。

グランドピアノ
貴重なグランドピアノ

おわりに

山梨県では、平成8年2月に地方病の流行の終息宣言を行っていますが、地方病の記憶はこの「杉浦醫院」の記憶でもあるので、貴重な資料を基に次世代へ引き継がれてほしいです。また、愛護会を中心に「ホタルの昭和町」の復活をお祈りします。

地方病流行終息の碑
敷地内にある「地方病流行終息の碑」

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施設情報

杉浦醫院

昭和町 風土伝承館 杉浦醫院

山梨県中巨摩郡昭和町西条新田850-1

TEL・FAX:055-275-1400
※事前予約で1時間ほどのガイド案内もしていただけるそうです。

施設の詳細を見る(外部リンク)

取材・文/糸井

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