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更新日:2025年6月3日
日本ワイン生産量及びワイナリー数日本一の山梨県。日本国内で栽培され醸造されたワインを日本ワインと呼ぶが、山梨県だけでもその数100ワイナリーになる。昨今注目されているのは、小規模ながら作り手が葡萄栽培をして醸造。販売まで手掛ける個性のあるワイナリーだ。流通量が少ないゆえ、まださほど知られてはいないのにワイン好きの間では人気が上昇している。今回はそんな4つのワインナリーと入手困難なワインが飲めるお店をご紹介。
(写真左から)父・広瀬武彦さん、息子・広瀬泰輝さん
親子二代で葡萄栽培から醸造まで手掛けるワイナリーが、富士山を望む小高い山牧丘にある。父・広瀬武彦さんは先代から受け継いだ葡萄畑の土壌と葡萄栽培を担当し、息子・広瀬泰輝さんは海外で学んだ化学に基づいた醸造を基本にオリジナリティの高いワインを生みだす。
若手醸造家・泰輝さん(38歳)の作り出すワインは、昨今うなぎ上りの人気ぶりだ。フラッグシップになっている人気ワインはすぐにソールドアウトする。
少年時代は野球に明け暮れていた泰輝さんは、大学卒業後は東京の東急電鉄に入社。東急沿線にある街の開発や、電車を楽しむイベント企画やマーケティングを担当していた。東日本大震災の後、ワインが好きだったこともありUターン転職で山梨県内のワイナリーに入社。そこでワインのセールスと醸造を学び始める。ニュージーランドのソーヴィニヨンが好きだったご縁で、運命に導かれるようにニュージーランドのワイナリーで3年、その後オーストラリアへ留学。「醸造とは化学である」という最先端の研究を学び帰国。父が作ったワイナリーで醸造家としてのキャリアをスタートした。ワインに惹かれて人生の舵を大きくきった若き醸造家の一人だ。
ワインを作る上で葡萄の当たり年という言葉をよく聞くが、日本においてワインの“当たり年”は「10年に1度あるかないかだ」と泰輝さんは言う。
「海外に比べ雨の多い日本の気候は、ほとんど“はずれ年”です(笑)でもワインは自然が作るものではありません。葡萄のための土壌は人が作り、収穫した葡萄をどんなワインにするのか味を設計するのも人。海外だと“はずれ年”ほど醸造家の腕の見せ所と言われています。日本はどこの産地もグレートヴィンテージなんて10年に1回しか来ないので、「いい葡萄をつくれば発酵は酵母と自然にお任せする」なんていう海外の銘醸地のような作り方はできません。「こういう味にしたいからこうしていく」という、化学をベースにした設計がもっとも重要で、海外で学んだワイン作りの化学を基本に忠実に丁寧に醸造しています。」
“はずれ年”がほとんどというが、祖先から代々受け継いできた『カンテーナヒロ』の畑は、豊かな土壌を持つ特別な場所にある。そこで葡萄栽培をするのは父である武彦さんだ。
「いい葡萄ができないと息子から怒られるんですが(笑)うちの葡萄畑は場所も土壌もいい。南向きの斜面で、水はけが良いことはもちろんですが比較的雨が少ないのも大きいです。標高が高い寒冷山地っていうところもポイントです。夏は雨が少なく涼しく、冬は北側にある2000mの山と南にある3000mの富士山が自然要塞になってくれて、北風や自然災害から守られているんです。」
緩やかな斜面は、光合成効率の高い太陽光エネルギーがダイレクトに当たりやすく、広葉樹が育んだふかふかの土は、葡萄の根が横に這うので水分の供給量が抑えられ、いい葡萄が育つには理想的だそう。
高台には手付かずの自然が広がる。星が燦然と輝き自然の循環サイクルが豊かなので、雉がいたり上空にはトンビがいたり農薬汚染からも守られている場所だという。
父・武彦さんの土壌作りは山、海、大地の有機肥料を使った循環農業だ。海のものはカニやカツオのアラを使った有機肥料。山のものは昔海だった鉱山の土にミネラルを入れて使用。大地のものは米糠・もみ殻・酒粕。これらをブレンドして春の訪れとともに3ヘクタールの畑に巻き土壌管理をしている。
加えて基本は不耕起草生栽培だ。土壌の微生物の種類と量にこだわり、草の伸ばし方と刈り方で土壌の水分を調整する。自然に見えて実はとても手がかかっている。取材した1月に見せていただいた畑は、周りの葡萄畑と比べて見るからに清潔感があり美しい。
「汚い畑から美味しい葡萄はとれません」と畑の管理も徹底している。
そんな父と息子がワイン作りでもっとも大事にしているのは樹齢25年以上の古木の葡萄の木だ。
「新しい品種のために若木も栽培していますが味の安定が難しい。若木は木の成長のために養分を使う。古木は子孫繁栄のために使うから葡萄そのものが豊かです。昨今は未曽有の災害が毎年起きています。そんな予測不能の天候に左右される状況ですが、古木から生まれる葡萄は、全くへこたれずに毎年同じような味の葡萄を傑出してくれます。食べてもワインにしても果実風味が違う」と語る。
『カンテーナヒロ』のワインに使われる葡萄は、自社畑だけではなく契約農家の葡萄もあるが、契約農家の葡萄であっても古木にこだわっている。
さらにワインの醸造に使用する酵母も、畑から採取する野生酵母だ。
いい葡萄が生まれる畑から採取した酵母を培養して、育ててスケールアップさせていく。
パワーのある野生酵母を使うことで、ワインに複雑な旨味を持たせることができるという。
そして最もこだわっているっているのが葡萄の収穫時期だ。
海外では夏に白夜やサマータイムがあるので日照時間が長い。海外の収穫タイミングは、葡萄が色づき食べられるようになってから45日目くらいだそうだ。
だから日照時間を考えると、日本の葡萄収穫は約2倍の90日後でないと、理想の糖度に上がらない。だから遅摘にこだわり、パスリアージュ(木になったまま完熟させる)にもこだわり収穫する。
樹齢25年以上の古木から収穫した甲州葡萄で作る、皮のまま仕込むオレンジワイン「Felicissimo(フェリチッシモ) Vino Arancione Koshu」。甲州葡萄の収穫はほとんどの農家が8月から9月いっぱいまでに収穫するが、ここでは11月3日の山梨ヌーヴォーが解禁になった日から摘む。2か月も遅いのが特徴だ。糖度がのった葡萄は熟成をかけやすいという。
『カンテーナヒロ』といえば、大切にしている樹齢25年以上の「山ソーヴィニヨン」から生まれる「パルテンサ」が素晴らしいという人が多く、フラッグシップワインになっている。
こちらも完熟遅摘みにすることでアマローネのような濃厚さが感じられる。“はずれ年”にはメルローを加えてカベルネフランのような華やかでエレガントなワインに仕上げるという。人気シリーズで今は完売だが、5月から9月に“当たり年”だった2023年をリリースするという。こちらは『カンテーナヒロ』の肝入りワインゆえ、エチケットもリニューアルして1本1万円で販売予定だそう。
おそらく一瞬で売れてしまうであろう。
山梨に古くから栽培されているネオマスカットを使った「フェリッシモ」は、『カンテーナヒロ』の「100年寝かせられる最高な貴腐ワイン」として醸造。
100年先の見ることができない景色をこのワインに託しているという。
そして父と息子の挑戦を代表するのが「アッカ」だ。赤はネピオーロ、白はトレビアーノというどちらもイタリア品種だ。誰もやっていないイタリアの葡萄品種を父が植えて15年になる。甲州葡萄やマスカットベリーAにくらべて倍くらい手がかかるそうだが、25年かけて古木になった時にここでしか作れないノンヴィンテージワインになってゆくだろうという夢を父と息子で紡いでいる。それもたった二人で。
『カンテーナヒロ』の挑戦は続く。
屋上のテラスは風が抜けて心地よい
天候が良ければ、正面に富士山が見える
古民家を移築した「ラ・メゾン・アンシェンヌ」は、『カンテーナヒロ』のワイナリーのすぐ下にあるフレンチレストランだ。
開業10年目を迎え、昼夜ともに1組限定で素材を生かしたお料理を提供している。
雰囲気のある広い古民家でいただくフレンチは昼が11時30分~ と13時00分~から。夜が17時30分~19時00分の間で、1名からでも受け入れ可能と、なんとも贅沢だ。
季節ごとにメニューが変更され、6~8皿程度のコース料理を提供。昼は5000円、7000円、1万円、夜は7000円と1万円のコースがあり、食材のグレードと品数で価格が変わる。
魚は静岡と宮崎から、野菜は地元の農家から調達。塩山市の無農家と契約しその日に収穫された野菜を使用。手はかけているけれど、素材の良さを最大限に生かすフレンチを目指している。
一日一組限定だからこそ、その日の食材によってコースの内容は昼と夜でも変わることがあるそうだ。提供する時間に合わせて食材の一番良い状態をお料理にするので、毎回一からコースを考えるという。
そして『カンテーナヒロ』のワインをシェフはこう語る。
「ご近所だからわかるんですが、とにかくお父様は葡萄作りが好きで好きで、畑にいないことがないくらいです。真面目に丁寧に作っているから食用もワイン用もどちらも葡萄のクオリティがとても高いのです。ワイナリースタートの頃はお父様が醸造していたのでその頃の味も知っているのですが、海外で学んできた息子が醸造するようになってから、ワインがすごくエレガントになりました。今どきのセンスも加わり、お料理に合うとてもモダンなワインです」。
ワインリストはここ峡東地区のワイナリーを中心に、人気ワイナリー約20社のワインがいただける。ペアリングは5000円から提供し、グラスワインで常時何種類か飲めるので山梨ワインを知るにも嬉しいレストランだ。
インタビュアー&文 内山しのぶ 山梨県甲州市勝沼町生まれ。やまなし大使。1989年編集者として(株)世界文化社入社。女性誌『家庭画報』副編集長を務めた後、料理雑誌『家庭画報デリシャス』編集長。『MISS』『MISS ウエディング』『きもの Salon』『GOLD』の編集長を約 12 年間務める。2016年~現在 (株)集英社HAPPY PLUS STORE サイトにてコンテンツマネージャー。アーティスト本の企画編集刊行なども務める。 料理家として、調理師免許、国際中医薬膳師、マクロビオティックコンシェルジュ、オーガニック料理ソムリエなどの資格を持ち、料理雑誌や企業の刊行物にレシピを寄稿。自宅アトリエでヌーヴェル薬膳料理教室をオープン。著書に料理本『しのぶ亭へようこそ。編集長のおうちごはん』がある。 2019年甲府市・昇仙峡の再活性化をめざす「昇仙峡リバイバル会議」でアドバイザーを務め、「お座敷列車で行く山梨県峡東ワインリゾートツアー」など山梨のPRに関わる。 |